彼女の本気と俺のウソ
「おもしろいだろう?」
「劇薬と劇薬で、なんで塩水?」
「塩酸は酸性で、水酸化ナトリウムはアルカリ性。化学反応で中和されたんだ。化学反応式を見たら一目瞭然だぞ」
俺は黒板に化学反応式を書く。
HCl + NaOH → NaCl + H2O
(塩酸 + 水酸化ナトリウム → 塩化ナトリウム + 水)
式を見ても堤はピンと来ていない。俺は各元素記号を丸で囲み、矢印で繋いで見せた。
「ほら。Hが二つ。Clがここ。Naがここ。Oがここにある。それぞれの薬品の元素がバラバラになって、別の組み合わせに変わったんだ」
「あ、ホントだ」
堤が納得したのを確認して、俺は黒板を消した。
「実験終了。用がないなら、さっさと帰れ」
ビーカーを片付けながらそう言うと、堤は椅子を蹴って立ち上がった。
「用ならあるよ!」
「なんだ?」
手を休める事なく、片手間に問いかける。目が合うと、堤は少し逡巡した後、小声でつぶやいた。
「先生と二人きりで話がしたかったの」
「じゃあ、もう気が済んだだろう。ほら、片付けるから外へ出ろ」
薬ビンを持って促すと、堤は真顔で叫んだ。
「あたし、先生が好きなの!」