二十年目の初恋
雨の日に 7
つい先日まで毎日通勤していたのに、なんだか懐かしくて、いつもの学内の道をたくさんの学生たちの間を事務所まで歩いて行った。すると事務長が気付いてくれて
「良かった。取りに来てくれたんですね」
と引き出しから私の給与明細を出して渡してくれた。
「すみません。お手数掛けました」
そう言って事務所を後にした。他に用がある訳でもないし……。また傘をさして学内の歩道をバス停に向かった。
なんだか空が明るくなって来ていた。いつの間にか雨が上がって私は傘を閉じて空を見上げた。暗い雲の隙間から青空が少し見えた。思わず笑顔になった。
そんな私の姿を遠くから、じっと見ている人が居たことを私は知らなかった。
*
「忘れようとしている私の前に、どうしてあなたは、また現れたんだ?」
午後からの定例理事会を終えて特に厄介な議題もなく帰宅しようと車に乗って、なにげなく学生たちを見ていた。理事長の目に映ったのは他の誰でもない優華だった。
「どうして……」
そうでなくても理事長としての仕事の合い間ふと思い出す姿は優華の美しい笑顔だった。それは自分ではなく知らない誰かに向けられるものであっても。
一目会えただけでも、こんなに胸がときめく……。
「まるで高校生の初恋だな」
自分の歳を考えて苦笑いしていた。
運転手が「何か、ございましたか?」と訊ねた。
「いや、何でもない。出してくれ」
芝生を挟んで理事長を乗せた車が走り去った。
*
その頃私は、さぁ今夜は何を作ろうかな? バス停への道を歩きながら冷蔵庫の食材を思い出してメニューを考えていた。悠介の喜ぶ顔が早く見たい。
マンションに戻って着替えるとお風呂で乾いた洗濯物をたたんで片付けてエプロンを付けて晩ご飯の支度。酢豚とそれからコーンと玉子の中華スープ、あとはサラダと冷奴かな? 手際よく作り終えた頃
「ただいま」
悠介が帰って来た。
「おかえりなさい。ちょうど出来たところ」
悠介はネクタイを弛めながらキッチンを覗いて
「おっ、酢豚? 美味そう。着替えて来る」
悠介が着替えてる間に料理をカウンターに並べて
「いただきます。うん、酢豚、美味いよ」
「そう? 良かった」
二人で並んで食べる晩ご飯。こういうのが幸せなんだと心から思えた。