二十年目の初恋
秋の日に 6
「優華、どうした? ボーッとして」
テーブルには悠介の入れたコーヒーが
「あっ、ごめん。何でもない」
「疲れたのか? どこか具合でも悪いのか?」
私のおでこに手を当てて
「熱はないようだけど」
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「横になって休んだら?」
「平気よ。コーヒー冷めちゃうから。うん。美味しい。落ち着く良い香り」
「そうか。でもそれ飲んだら休め。来週区役所と写真と旅行だぞ。その前に優華に倒れられたりしたら」
「倒れるなんて大袈裟よ」
「いいから、とにかく横になれって」
「うん」
私は着替えてベッドに入った。少しだけ横になるつもりだったのにいつの間にか熟睡してしまっていた。
目を覚ました時、ベッドの端に心配そうな悠介が腰掛けていた。
「よく眠ってたな。やっぱり疲れてるんだよ」
「今、何時?」
「五時をちょっと過ぎたところ」
「晩ご飯の支度しないと……」
起き上がろうとすると
「いいよ。お昼がボリュームあったから夜は簡単な物で済ませればいいから」
「でも……」
「いいから。俺が作るから心配するな。優華は家政婦じゃないんだよ。俺の大事な奥さんなんだから。もう少し眠ったら?」
「うん。ごめんね」
悠介の気持ちは涙が出るくらい嬉しかった。
それなのに……。分かっていたことなのに……。マタニティを着て一緒に居るのを見た時から、いつかは生まれることも分かりきっていたのに現実に女の子が生まれたことを聞かされて私は酷く動揺していた。
関係ないのに。私は心から悠介を愛しているのに。別れた主人のことなんてもう何処にも欠片すら残ってもいないのに心が痛むのはなぜ?
女として、あの彼女に負けた。惨めな敗北感が私を苛んでいた。忘れてしまえばいい。忘れられる。きっと……。
悠介と結婚するんだから。悠介と幸せになるんだから。今だって悠介の傍で幸せな毎日を送っているのだから。