二十年目の初恋
退職の日に 1

 それから三日後……。私は直属の上司である副学長に辞表を託した。副学長は二通の辞表を持って理事長室を訪ねた。

「失礼します。理事長、お話があります」

 理事長のデスクの上に二通の辞表を置いた。

「これは、どういうことですか ?」

「長い間、大変お世話になりました。一身上の都合で辞めさせていただきたいと思います」

「私が、お引き止めしても無駄だということですか ?」

「はい。申し訳ございません」

「もう一通は ?」

「私の秘書の分です」

「えっ ? なぜ彼女まで一緒に辞めるんですか ?」

「それは、ご自分の胸に手を当てて、よくお考えください」

「なぜだ……」

「最後に一つだけ言わせていただきます。ご自分の地位や権力を利用して、あなたが彼女にしたことはセクハラ以外の何ものでもありません。良くない噂は、すぐに広まります。私立大学にとって、それは命取りにもなりかねません。理事長として、これからも大学経営をなさるのなら、ご自分の言動、行動をよくお考えください。それでは失礼致します」

 副学長室に戻って……。

「ただいま。さぁ、片付けないとね」

「ありがとうございました」

「理事長、慌ててたわよ」

「そうですか。片付けましょう」

「十三年は、やっぱり重いわね」

「十三年の月日がですか ?」

「ううん。荷物がよ……」
 そう言って副学長は笑った。



「だいたい片付いたようね。お疲れさまでした。今までありがとう。出来れば九月からも手伝って欲しいけど……」

「ありがとうございます。もう少し考えさせてください」

「分かったわ。良い返事を期待しているわね」

「ではこれで失礼致します。長い間お世話になりました」

 副学長室を出てバス停まで歩いた。ここを歩くのも、きょうで最後。きょうでおしまい。

 高校、大学、職員として何年通ったんだろう。二十年。色んなことがあった。楽しいことも、嫌なことも、笑ったり、泣いたこともあったけど……。
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