二十年目の初恋
退職の日に 2
学内の歩道を歩いていたら、私を通り過ぎて車が一台止まった。中から……
「乗りませんか ?」
理事長だった……。
「私はもう職員ではありませんから、理事長のおっしゃることに従う義務はないと思いますが」
「個人的なお願いです。あなたと話がしたい」
「でしたら車を降りてください。そこのベンチででしたらお話伺います。バスを一台乗り過ごして十分だけでよろしければ」
降りて来る様子がないので私はまた歩き始めた。すると車のドアが開いて理事長が降りて来た。大学内の歩道の脇のベンチで、私は理事長と座っていた。
「どうして辞めるんですか ? 私のせいなんでしょうか ?」
「いいえ。一身上の都合ですから」
「私は八年前に理事の一人として、この大学に来るようになりました。その時あなたを見かけて、とても気になっていました。当時は私も結婚していて、あなたも結婚していると知って忘れようと思いました。私は二年前に離婚し、その後、結婚する機会には恵まれませんでした。それが最近あなたが離婚したことを知って、どうしても自分の気持ちを抑えられなくなりました。先日、体調の悪い秘書の代わりをお願いしたり、その秘書が辞めることになり、あなたに傍に居て欲しくて無茶なお願いをしてしまいました。迷惑でしたね。申し訳ありませんでした」
「…………」
「もし、差し支えなかったら辞められる理由を教えていただけませんか ?」
「結婚することになりましたので辞めさせていただくことにしました」
「そうでしたか。どうも私はタイミングが悪いようですね。よく分かりました。失礼なことを言って申し訳なく思っております。これで、お会いすることもなくなりますね。お幸せに……」
「ありがとうございます。ではこれで失礼させていただきます。お世話になりました」
ベンチから立ち上がり、座ったままの理事長に頭を下げ、私はまたバス停に向かって歩き出した。