明日の君と


「そんなこと言われても」

ボクは言葉に詰まった。
好きだという気持ちを伝えたのに、なかったコトにしろなんて、できないよ。

「私ね付き合ってた人がいたの」

里沙さんはポツリと呟いた。

「去年の今頃かな、彼のそばでね、彼のね、のんびりとした口調を聞けるだけで幸せだったの」

ボクは何かイヤなものが背に触れるような感覚を覚えた。

ボクの知らない過去のことだ。
だけど、彼女の年で付き合ったことがないなんて方が変だよ、こんなキレイな人なんだし。


「で、でも、過去の話なんでしょ?い、いつまでも引きずるのは、なんていうか、その……」

なに言ってんだかな、ボクは。
忘れられねぇから、彼女、言ってんだべよ。
ボクは自分の思慮の浅はかさに辟易しかけた。

「忘れられないの。ううん、忘れたくないの。私が忘れたら、彼、本当に死んじゃう気がするから……」

彼女は虚ろな遠くを見つめる悲しい瞳をしていた。
普段、ボクを魅了してやまない澄んだ瞳の彼女とは別人のようだ。

「ふへっ?死んじゃうって?」

ボクはとっさに聞き返していた。
里沙さんの瞳から突然涙が溢れ出した。
触れてはいけないところに触ってしまったみたいだ。

なにやってんだよ、ボクは。
話から察しろよ、ホント。


「去年の12月10日、自転車乗っててトラックに巻き込まれたの。即死だったって………」

彼女は自嘲するような目をして続けて言った。

「それでも、忘れなきゃいけないの?私が忘れたいと思ってないんだもの。突然だったのよ!忘れられるわけないじゃない!!だって、それまで普通に、本当に普通に生きていたんだよ!普通に息をして、普通に私に話しかけて、普通に笑っていていたんだよ!」

こんなに感情的になった彼女をみるのはボクは初めてだった。
ボクは言葉を探したが、ボクの求める言葉はどこにも落ちていなかった。

「ごめんなさい。武田君」

「ボクこそ、ごめん」

重苦しい沈黙が続いた。

「明日、香奈のお見舞い一緒に行こう。武田君が来てくれたら、香奈すごく喜ぶよ」

無理に作った笑顔が、より悲壮に映る。

「うん、じゃあ、また明日な」

逃げるように帰る自分に不甲斐なさを感じながら、ボクは心底自己嫌悪に陥った。

頼っていたもの、真っ直ぐに求めていたもの、全てだと信じ切っていたものを突然失うこと、その悲しさ、やりきれなさ、里沙さんの背負ったその気持ちを、ボクは、ボクの浅い人生からはとても推し量れることは出来なかった。

どうしようもないこの苦しみは何かで紛らわせることはできるのだろうか?

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