明日の君と
夕方になって香奈さんがベルにやってきた。
ボクは落書きの件で腹が立ちメールは返信していなかった。
「いらっしゃいませ」
ボクは必要最低限しか口を開かなかった。
「イツキ、ゴメンね」
「ご注文はなにになさいますか?」
ボクは素っ気なく対応した。
「アイスコーヒーをひとつ。なによ、アンタ、私が謝ってんのにシカト?」
逆ギレだよなぁ、これ。
ボクも収まりがつかないので、言い返した。
「いくらなんでもアレはヒドすぎませんか?」
「だから謝りに来たんじゃない」
香奈さんはフテクサレた子供みたいに口をとがらせた。
「なんだぁ、君達ケンカかぁ?どうせ武田君が悪いんだろ?さっさと謝っておけ」
「て、店長。聞いてくださいよ。香奈さんたら酔いつぶれたボクのオデコにマジックで肉とか書いたりしたんですよ!どれだけ消すのに苦労したことか!」
さすがに、ボクんちでとは言えなかったが。
「なぁに、ちっちゃいこと言ってんだぁ?なぁ、香奈ちゃん。武田君、んなケツの穴の小さい男はモテねぇぞ」
「なんなんスカ、店長まで」
ボクはカウンターに戻った。
「あぁ〜、武田君さぁ、あと10分でアガっていいからさ、マグカップとアイスコーヒー用のグラス買ってきてくれないか?ラストまでの時給は出すからさ、君のセンスで頼むよ」
店長は買い出し費用だと言って、ボクに1万円札を渡してきた。
「領収書はいりますか?」
「いつものように貰ってきてくれればいいよ」
「わかりました。じゃあ、着替えてアガらせていただきます」
ボクは奥のスタッフルームで着替えてきた。
意地になって香奈さんのことを無視して店を出ようとすると
「武田君、ちょいと待って、お目付役を連れてって」
と、店長が声を掛けてきた。
「アンタが変なもの買ったら困るから私が監視したげるわ。これでコーヒー代ただにしてくれるって、店長さんがね」
香奈さんは偉そうに腰に手をあてながら右目を閉じて言った。
ハハハ、これで仲直りくらい出来そうだな。
店長、サンキュー。
「店長、ただ残念ながら、多分ね物選びのセンスはボクの方がありますよ」
笑いながらボクは香奈さんと並んで店をでた。