明日の君と
夜8時をすぎた頃、携帯がなった。
香奈さんからのメールだった。
『イツキ、今日はゴメンね。あとで電話していいかな?メールで電話の約束するのってなんか変か(笑)』
ボクは返信する気も起こらなかった。
しばらくするとまた携帯がなった。
香奈さんから電話だった。
でも、ボクはでなかった。
そのあとも何回か携帯は鳴っていたがボクはその着信に応じることはできなかった。
そしてそのまま、なかなか寝付くことのできない夜を過ごした。
ボクは翌朝、ふとバイクでツーリングでも行こうと思い立った。
大学は自主休講にして、ベルの店長には体調がすぐれないから休むと連絡をいれた。
さて、どこ行こうかな?
フン、失恋ツーリングか。
あてもなく、行き当たりばったりがお似合いかな。
行き先も考えぬままボクは財布と携帯だけを持ってバイクを発進させた。
中央道の府中インターからとりあえず山梨方面へ向かった。
なんとなく故郷の方に向かってしまう。
そして、大月ジャンクションでは河口湖方面へ進路をとった。
清里に帰るのは、なんだかイヤだったし。
河口湖インターで高速を降りて、ボクはなんとなく思いついた本栖湖へ向かうことにした。
青木が原樹海の中の一本道をひたすら走った。
途中、風穴や氷穴といった観光名所もあったが流石にひとりでは入る気も起きなかったのでそのまま通過した。
そして本栖湖に着いた。
10月の平日の真っ昼間ではやはり観光客は少なかった。
河口湖や山中湖ならもっと人は多かっただろうが。
富士山の吹き下ろしが吹いて湖面はさざ波立っていた。
ボクは湖に近づき水に手を突っ込んだ。
冷たくて気持ちよい。
空も秋晴れでとても青い。
この景色を見て、夕べのクサクサした気分は少し和らいだ気がした。
誰が言った言葉か忘れたが、ヒトは悲しい時、傷ついた時など普段あまり意識していない自然に感動したり、星がキレイに見えたりすることが多いそうだ。
人間も自然の一部で、傷ついた心を自然は自らの姿で癒やしてくれるってことか。
ちょっと詩人気取りだな、と小さく独り言を呟いた。
心のどこかで、この景色を香奈さんと一緒に見にきたいと思う自分に気付き、ボクはチリリと胸の奥に痛みを感じた。