明日の君と


香奈さんは憤懣やるかたないといった様子で目に涙さえ浮かべていた。

「電話もメールも返事ないし、ベルに行ったら体調悪いから休んでるっていうし、心配で来てみたら部屋にはいないみたいいだし、バイクもないから。イツキのバカ!」

「すみません、なんか携帯の調子悪かったようで全然気付かなかったッス」

子供にも通じないような嘘でボクは返していた。
そして香奈さんの脇をすり抜け玄関を開けて言った。

「入りますか?そこで大声出されると近所迷惑でしょうから」

自分でも感じたが、ヒドく冷たい他人行儀な言い方だった。
香奈さんは驚いたような、怒ったような、そして悲しんでるような、不思議な表情を浮かべた。
そしてそのまま踵を返して帰っていった。
ボクにはその時、あの大きな彼女の瞳から涙が溢れていたように見えた。

なぜ香奈さん泣く必要がある?
ボクが冷たくあしらったからか?
そんなの泣くことか?
彼氏いんだろ?
泣きたいのはボクの方だよ。

ボクは状況を上手く飲み込めなかった。
ただ、このまま彼女を帰してはいけないと思い追いかけることにした。

「香奈さん!」

ボクは彼女の傍まで駆け寄った。
彼女の大きなタレ目は、やはり涙で濡れていた。

「すみませんでした」

ボクはとっさに謝っていた。

「もういいっ!イツキのことなんか、もういいよっ!もう知らないっ!」

彼女は頭を振ってそのまま帰ろうとしていた。

「香奈さん、落ち着いてください。なんか話あるんでしょ?コーヒーでもいれますから、どうぞボクんちへあがってってください」

ボクはすっかり弱ってしまい、彼女を家に通すことにした。

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