明日の君と
「社長が目を光らせてたんじゃ、社員は怯えちゃいますね」
朝日奈君はおどけたように笑いながら言った。
「ほんと、このまま私が結婚出来なかったら社長のせいだわ 」
私も笑って答えた。
「七尾さん、いい口実できたじゃないっスか。『私が結婚出来ないのは社長のせいよ』ってね」
朝日奈君は私の声色を真似てからかった。
「朝日奈君、なに人を行き遅れみたいに言ってんのよ。まだこれでも26よ、私。まっ、確かに正直言って、あれ以来男の人とおつき合いしていないけど」
私は再び一也のことを思い出した。
朝日奈君はそれを察してか小声ですみませんと謝った。
「朝日奈君が謝ることじゃないわ。私の気持ちの問題かしらね。彼を忘れられない、忘れては彼に申し訳ないって気持ちがあるのかもしれない。それに、どうしても、怖いの。また、信じてた人が突然、私の前から消えちゃうんじゃないかって。臆病になっちゃったのかな。結局あれから7年も経つのにね。それともまだ7年しか経ってないのかな」
私は香奈にも話したことのない本音を朝日奈君に話した。
彼なら、きっと同じ痛みを知る朝日奈君ならわかってくれるだろうと思って。
「そうですね。でも、身勝手な言い方かもしれませんが、もし、亡くなられた彼が今の七尾さんの気持ちを知ることができたら、悲しむかもしれませんね。まぁ、それってもちろん、僕にもあてはまることなんで、七尾さんの気持ちは痛すぎる程わかります」
朝日奈君は私の言葉の全てを肯定してくれることはしなかった。
もちろん、それを私は責めることは出来ないのもだと理解しているつもりだ。
ただ、朝日奈君の方が私より一歩前へ踏み出そうとしているんだと感じ取った。
彼は彼なりに苦しんで、でも彼自身これから生き続けるために次の一歩を踏み出そうとしている。
私には、まだ、その一歩を踏み出す勇気は無いような気がする。