ふたり
『……わたし?』
『ッ!!』
ヒメは勢い良く立ち上がり、涙を袖で乱暴に拭き、行ってしまった。
俺は追いかけることはしなかった。
『ねぇー兄貴』
『うん?』
『男子が自分を“わたし”って言うのは可笑しい?』
『可笑しいつーか…変わってるよな。
そういうの、面接とかでしか言わないよ』
『……そうなんだ』
それ以来、ヒメは自分を“わたし”ということはなくなった。
もしかして、自分の一人称を知られたくないから、話さないの?
俺の中に、そんな疑問が湧き始めた頃。
『ヒメッ!』
俺はヒメを怒らせた。
『何故言い返さないのか』――俺にとって当たり前の疑問をぶつけただけ。
今ならわかる。
ヒメは言い返すことで、いじめられることを防いだのだ。
いじめられると両親や姉がどういう対応をするか、わかっていたから。