御曹司と愛され蜜月ライフ
自分の心の奥、一番隅っこに追いやった過去の蓋を、自らの手でそっと開ける。



「先輩……カレは、すごい人でした。仕事ができて、人望もあって……だから私は、そのカレに釣り合う女性になるために必死でした。……早く追いつこうと、いろんなことをがんばりました」



私がいたのは、企画も含めた営業部だ。デスクワークも多かったことから、少しでもスキルアップをしたいとパソコン関連の他、いろんな資格に挑戦した。

秘書検定、シスアド、ビジネス実務法務、簿記、それからTOEIC。

努力の甲斐あって検定には高得点で合格できたし、社内の営業成績も上がって上司に目をかけてもらえるようにもなった。


……でも。



「私が、検定の勉強にかかりきりだったときに……カレが、後輩の女の子と浮気してたんです。その後輩の子の妊娠がわかって、そこで初めて浮気の事実と別れ話を切り出されて。……カレには『おまえが勝手に突っ走って会いたいときに会えなかったのが悪い。俺は別にがんばって欲しいなんて言ってなかっただろ』って、責められました。結局カレは、自分の斜め後ろを黙って付いて来てくれるような……そんな、守ってあげたくなるかわいらしい女の子が良かったんですよ。間違っても営業成績で自分を抜かしてしまうような、ガツガツした女は“彼女”にできなかったみたいです」



話しながら、苦笑する。近衛課長はただ静かに、私のつまらない過去話を聞いてくれていた。

相づちはなく、それでもちゃんと耳を傾けてくれているのがわかる。今はそれが、心地よかった。



「……ついでにぶっちゃけちゃうと、その話を学生時代の女友達にしても、いつの間にかなんだか私の方が悪かったって流れになって。『たしかに相手の浮気は良くないけど、撫子はそういうところあるよね。自分が正しいと思う方に突っ走って、まわりが見えてないところあるよね』って、言われちゃいまして……」



もしかしたらその子たちにも、私は無意識に、嫌な思いをさせてしまっていたのかもしれない。

だけど、そのタイミングでの糾弾はこたえた。今まで自分がしてきたことのすべてが、無駄なことだったような気がした。
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