御曹司と愛され蜜月ライフ
「もう、何もかも、投げ出したくなってしまって……結局、そのとき勤めてた会社は退職して。コノエ化成に採用が決まるまでの数ヶ月間は、それまでいろんなことに手を出して生き急いでたのが嘘みたいに、なーんにもしないで過ごしてました」



そして、そのときだ。私が今みたいに、時間さえあればドラマやマンガに入れ込むようになったのは。

作り物の二次元の世界は、ただただ私にやさしかった。やさしくて、その物語に没頭している間は、現実の世界から目を背けることができた。

自分が傷つけられずに、済んだんだ。



「……私は、たぶん、ひとりでいるのが性にあってるんです……恋、とか、向いてないんです……」



なのに近衛課長のことをすきになってしまうなんて、ほんともう、自分に呆れちゃうけど。


まぶたが重い。やわらかい羽毛布団のあたたかさが、私を夢の中に引きずり込もうとしている。

そこで近衛課長が、久しぶりに口を開いた。



「……そうか、」



ただ、ひとこと。

そう言ってから、ぽんぽんと、私の頭を軽くたたく。



「昔の彼氏の言葉は、まったくもって記憶するに値しないな。交際していた事実も含めて全部忘れろ。ついでにその女友達の話も」

「わ、忘れろって、」

「卯月は、がんばったんだな。そんなにがんばって、えらかったな」



課長のやさしい声が、睡魔に囚われ始めた私の耳にもちゃんと届く。

その言葉を聞いた瞬間、自然と目頭が熱くなった。熱くて、だけど、悲しいわけじゃない。


……ああ、そっか。

私はずっと、こうやって誰にほめてもらいたかったのかもしれない。

ただ、『がんばったね』、『えらかったね』って。自分の努力を、認めてもらいたかった。

だけどそんな存在が、私にはいないから。それがさみしくて、もう、がんばることすら放棄して……作り物の世界に、逃げ込んでいたんだ。
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