御曹司と愛され蜜月ライフ
じわりと浮かぶ涙を見られないよう、ひたいをシーツに押しつける。

相変わらず課長の手は、やさしく私の髪を撫で続けていた。



「その、元カレが最低だったのはともかく。卯月は、何でも難しく考えすぎだと思うけどな。恋愛だって、向いてるとか向いてないとか分析する以前に、もっとシンプルなものじゃないのか?」

「……昔は私だって、自分の将来の旦那さんに思いを馳せることくらいありましたよ。プロポーズはバラの花束と一緒にとか、結婚後は子どもができてもお互い名前で呼び合いたいなとか……」

「なんだ。意外と乙女思考じゃないか」



笑いまじりの課長に、「うるさいですよ」と小声で文句を言う。

もう、そろそろ限界だ。迫り来る睡魔に抗えず、重すぎるまぶたはすでに半分落ちている。

トドメとばかりに、課長の大きな手が私の横髪を耳にかけた。



「おやすみ、卯月」



やわらかなささやきに身を委ね、抵抗をやめてそっと目を閉じる。

とても、とても穏やかな気分だった。圧倒的な安心感の中、私は静かにまどろみに落ちていく。



「……生殺しだな……」



完全に意識を失う直前、そんなつぶやきが聞こえた気がしたけど、たぶん夢か聞き間違いだ。

だって、課長はそんなこと言わない。私のことなんて、なんとも思ってない。

やさしい課長。どうか、この人がしあわせになってくれればいい。

私の恋心なんて、知らなくていい。


祈るように繰り返しながら、そうして私は、深い眠りに落ちていった。
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