御曹司と愛され蜜月ライフ
目を閉じて、また大きく息を吐いた。

思い出すのは、課長がここから引っ越した日の朝のこと。ベッドの上で目覚めた私は、自分が眠る前隣りにいた存在が今は消えているという事実に少なからずさみしさを覚えた。

ベッドを降り、テーブルの上にあったメモを拾い上げる。ちょっと癖のある角張った字で、【玄関にあった鍵を借りた。鍵はポストに入れておく】と書かれていた。

言葉通り、玄関ドアにくっついているポストの中には、私の部屋の鍵が入っていて。ブサイクなうさぎのキーホルダーがついたその鍵を握りしめながら、私は少しだけ泣いた。

いつの間にか、玄関には晩ごはんと一緒に渡したおぼんまで置いてある。たぶんドアに鍵をかける前に自分の部屋から取って来て、ここに置いてくれたのだろう。

なんだかなあ。御曹司だからか一般人とは感覚がズレてるところがあったり、かと思えばとても義理堅いところもあったり。

最後まで、掴めない人だった。……掴みどころはなかったけど、それでも素敵で、だいすきな人だった。



「また……もっといろいろ、がんばってみようかなぁ」



色あせた天井を見上げながら、ぽつりとつぶやく。

だいすきな人に、『えらかったな』とほめてもらえた。それだけで、過去の自分が報われた気がした。

そしてそのことは、この先の──私の未来にも、灯りをともしてくれた。


失恋の痛みは、まだしばらく引きずってしまうかもしれないけど。でも、大丈夫。忙しくしていれば、きっといつか、自然に忘れることができるはず。

まずは、また手当り次第に資格取ってみようかなあ。あと、イメチェンとか。久しぶりに、ばっさり髪切っちゃおうか。


そんなことを考えていたら、不意にドアチャイムの音が聞こえた。

なんだろう、勧誘とか? ああそういえば、定期購入してる化粧品、今日あたり届くんだったっけ……?

少しの疑問を抱きながらも、立ち上がって玄関へと向かう。

手ぐしでほどほどに髪を直してから、鍵をまわしてドアを開けた。
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