御曹司と愛され蜜月ライフ



「栗山さん、卯月さん。あたし悟りました。男に必要なのは、やっぱり安定した職業と甲斐性ですよね」



会社内の女子更衣室。制服のリボンをつけながら、総務部の後輩である岩嵜(いわさき)さんが温度のない声音でそう言い放った。

そんな彼女の左隣りに並んで着替えていた私と栗山さんは、思わず顔を見合わせてから再び彼女へと視線を戻す。



「どうしたの、岩嵜さん。就業前からそんな生気のない顔して」

「死んだ魚みたいな目ぇしてるよ」



いや、死んだ魚は言い過ぎでしょうよ……と栗山さんのセリフには思うのだけど、まあたしかに今の岩嵜さんはそう例えられてもおかしくない顔をしていた。

ゆるふわにパーマがかかったボブとタレ目を引き立てるメイクはいつものように完璧だけど、表情が明らかにマズい。これで受付嬢をするのはマズい。

岩嵜さんがパタリとロッカーの扉を閉める。



「昨日あたし、仕事の後彼氏と会ったんですよ。で、相変わらずふらっふらしてるから、ちょっと頭にきてケンカになっちゃって」

「あー、バンドやってるカレだっけ?」



すかさず口を挟んだ栗山さんに、こくりとうなずく。

私より3歳年下の岩嵜さんは、雰囲気も外見もゆるふわしていてかわいい。そしてこの会社で知り合ってから、話を聞くかぎり彼女の恋人は途切れない。

たしか今の彼氏は、メジャーデビューを目指して活動してるバンドのベースだったかギターやってる人だったような。



「もう“元”です、元。昨日ケンカの勢いでそのまま別れました」



うなるように言ってため息を吐く。いつものほほんと笑っているゆるふわ岩嵜さんが、こんなに荒むとは……。
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