御曹司と愛され蜜月ライフ
ウチの会社には、正真正銘の御曹司がいます。
「……あ、“坊っちゃん”だ」
ふたりいる受付嬢の片割れ、左隣りに座る先輩がもらしたつぶやきに、私はゆるりと顔を上げた。
彼女の視線の先を同じように追ってみれば、ちょうど外から自動ドアをくぐってスーツ姿の男性が数名エントランスホールに入ってきたところで。
その中心に彼女が言う『坊っちゃん』の姿を見つけ、目をまたたかせる。
「予定より、遅かったですね。近衛(このえ)課長たちが帰って来るの」
「まーね、我がコノエ化成の跡取り息子だとわかってると、得意先の担当も取り入ろうと必死なんでしょ」
栗山(くりやま)さんがぼそぼそ吐き捨てたとほぼ同時に、私たちがいる受付カウンターの前を課長たちが通りかかった。
「──ご苦労さま」
声をかけるタイミングを計っていたこちらに対し、集団の中から最初にそう発したのは件の近衛課長。
一瞬向けられたその顔は、整ってはいるけど無表情だ。今日も今日とて、メタルフレームのメガネがクールな印象を醸し出していた。
左目の下に並んだふたつのほくろは、美しく完璧な彼の中で唯一の愛嬌というか、隙のようにも思える。
さっきまでさんざんウワサしていたことは微塵も感じさせない。お疲れさまです、と社会人なら毎日繰り返すテンプレートな挨拶とともに、私と栗山さんは素知らぬ顔で一礼。
口々に返って来る労いの言葉たちが途切れたときを見計らって、再び顔を上げた。
「よくもまああんなゾロゾロと……上の方々は、坊っちゃんに対して過保護すぎなんじゃない?」
「まあ、仕方ないですよ。なんてったって御曹司なワケだし」
小声で毒づく栗山さんに、わたしもひそめた声を返す。
営業部の、近衛 律(りつ)課長。現社長である近衛 芳樹の実の息子で、いずれこの会社のトップに立つだろうと予想される人物だ。
その根拠は名前だけじゃなく、コンスタントに大きな契約をとってくる仕事ぶりからもうかがえて。まだ本決まりではないとはいえ、昇進も近いとのウワサもあるほどだ。