御曹司と愛され蜜月ライフ
あの人はいつもまっすぐで。まっすぐ私と向き合って、笑ったり、話を聞いてくれたりするから。
だからたぶん私は、忘れかけてしまっていた。
自分と彼は、元々住む世界が違う人間だということを。
「──すまない卯月、ちょっといいか?」
受付で声をかけられたそのとき、私は目の前に来た人物を見上げながらぽけっと一瞬呆けてしまった。
だって、この人にこうして話しかけられたのは会社では初めてのことだったのだ。外出から戻って来たらしい今だって、てっきり彼はエレベーターにまっすぐ向かうんだと思っていたのに。
完全に油断していた。けれど私はすぐにハッとして、彼に一礼する。
「お疲れさまです、近衛課長。どうされましたか?」
「ご苦労さま。実は今日15時から来客の予定だったんだが、先方が急に予定を1時間繰り上げて欲しいと言って来たんだ。会議室は使えそうか?」
「確認します」
近衛課長の話を聞き、すぐにノートパソコンを操作した。
社内グループウェアで、今日の会議室予約状況を開く。
「課長のお客様は15時からC会議室になってますね。これを14時からに変更したいと?」
「ああ、頼む」
「わかりました……少々お待ちください」
うなずく課長にひとこと断り、パソコン画面と睨めっこすること数十秒。
よし、と脳内の組み立てを終え、私は固定電話の受話器を取る。
「……お疲れさまです、総務の卯月です。実は今日14時半に予約を入れていただいている会議室の件でご相談なのですが、場所を当初お知らせしていたB会議室からA会議室へ変更させていただいても差し支えないでしょうか? ……ありがとうございます、助かります。では西部長、14時半にA会議室で、よろしくお願いいたします」
その電話は一旦切って、ひとつ息を吐く。
すぐに今度は別の内線番号、高機能材料部にあるデスクに繋がる数字をプッシュした。