溺愛伯爵さまが離してくれません!
後ろを振り向きたい衝動と、早く帰らなくてはという思いが交錯し、足を止める事が出来ません。
少し行った先で、ようやく動いていた足を止めることができ、恐る恐る振り返ります。

振り向いた先に、もう人の影はありませんでした。
濃い靄で真っ白な空間だけが、瞳に映ります。

幻覚・・・?

まさか、ね。

こんな雨の中、あの人がこの街をひとり歩くはずないもの。
人違い・・・よね。

少し、ホッとしたような、でもなんとなく寂しいような。
そんな感情が体中を駆け巡っていきます。

まだ、私の中ではあの香りを忘れていなかった。
あの香りだけでも、押し込めていた想いがどんどんと溢れて。

あの人は今どうしているのでしょう。
元気でやっているのでしょうか?

会いたい。あなたの顔を見たい。声が聴きたい。

たったこれだけでこんなに心が乱れてしまうなんて、私、相当重症だわ。

気持ちを落ち着かせるように、ふう、と息を吐くと、ゆっくりと歩き出します。
雨はまだ止むことを知らず、降り続いていました。

それは心の中も、また同じで。
降りやまないあの人の想いの中で、光りを求めてさまよい続けていました。


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