溺愛伯爵さまが離してくれません!
そう言いながら椅子を引き、私に座るようにと促します。
周りで働く同じ侍女達に目をやりますが、皆ここは穏便に従って座った方がいい、と言いたげな目の動き。
仕方なく私は引かれた椅子に腰を下ろしました。

私が座ると、伯爵さまは向かいに座ります。
運ばれる料理。お皿の横には何本かのフォークとスプーン。
いつもはフォークとスプーン一本で食事をしているものですから、しっかりとしたマナーを知りません。

「では、頂こう」

伯爵さまはそう言って端からスプーンを取り、スープを掬います。
見よう見まねで私も同じようにスプーンを持ちました。

緊張して手が震え、お皿とスプーンが当たる音が部屋中に響きます。
美味しいはずなのに、全く味を感じることが出来ませんでした。

いつもは横で伯爵さまの食事を横目で確認しながら、お皿を下げたり次の料理を出したりと慌ただしく働いていて、こうやってしっかりと伯爵さまの食事を摂られるところを見たことがありません。

・・・なんて綺麗に食べるのでしょう。

思わずスプーンを手に持ったまま見とれてしまいます。

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