魔術師の瞳
その代わりにやたらと浮揚感がある。脚が地面についていないような、まるで誰かに抱えられているようなそんな感覚。
痛みに耐えるために閉じていた目を開けば、聖羅が随分と遠くにいる。
あざみは唖然とした顔で辺りを見渡し、衝撃を受けた。
「遷宮、あざみさんだね?」
深い慈しみと懐古、そして少しの悲しみを湛えた緑色の澄んだ瞳。
さらりと流れる黒髪、作り物めいた白い肌。右目の下にぽつんと落とされた泣き黒子が切れ長の目と相まって筆舌し難い魅力を生む。なんとも美しい容姿の青年だ。
多くの人と接してきたあざみも驚くほどの美青年。だが、こんな青年一度見たら忘れない。記憶の中に一度も存在しないのだから初対面だ。
されど青年が着用しているブレザーはこの聖ミランシア学園のものだ。
一学年が始まってまだ二週間。奇妙なタイミングで転校生であろうか。
「助けて、くれたんですか?」
横抱き、俗に言うお姫様だっことやらをされていることに気がつき珍しく狼狽えるあざみだがここでやっと周囲の歓声が耳を壊さんばかりになっていることに気がついた。
「ああ。勝手な真似をしてごめんね。」
微笑みを向けてくるので、なんだか照れてしまう。ペースを崩され少し赤面するあざみだが、大切なことを思い出した。この人は誰だ。
「俺は京極冬夜(キョウゴク トウヤ)。はじめまして、あざみさん。」
そう言うと冬夜はあざみを抱えるために彼女の左肩に回していた手に力を込め、強く抱き締めた。そしいて首元に顔を埋め、小さく呟く。
「ずっと、会いたかった。」
その言葉は小さすぎて一層強くなった歓声に掻き消されあざみの耳には届かなかった。だが、抱き締めたことによる効果は絶大で茹で蛸のように赤くなったあざみはぽかんと間抜けな顔をしている。