魔術師の瞳
「一ノ瀬さん、昨日の話は嘘じゃないんだよ。君との婚約はなかったことになった。」
「どうして!?わ、私冬夜が白壁城に行っても待ってたのに!!」
急に涙を流し始め、語尾を強めて冬夜に問う聖羅だったが返事はなく穏やかな笑みが浮かべられているだけであった。
涙を流して走り去る聖羅を見た冬夜は呆れたようにため息をはく。
そして、傍で状況を理解しようとしているあざみの手を取り片膝をついた。
「君を探してたんだ。遷宮あざみさん。」
まるで中世ヨーロッパの童話に出てくる王子のごとく、手を取ったままあざみに優しく語りかける。その瞳には先程聖羅を見ていた呆れが消えて、深い愛しさだけであった。
「出会って数分でこんなことを言うのは間違っているけど、実際の君は話で聞くよりも、随分と美人だ。」
手の甲に一つ、口付けを落として、真面目な顔で言う。
「俺と、結婚してください。」
柔和で人の良さそうな、揺りかごから墓場まで全年齢の女性の心を捕らえて離さない笑顔。
あざみは唖然として口が半開きだ。それは初対面の人間にプロポーズされたという驚きと、それが京極家の次男であるということに対する驚きが理由なのであるが。
当の冬夜は気がつかないらしい。
「京極冬夜、あざみが驚いてるだろ。それと、抜け駆けは禁止だ。」
蒼蓮があざみの肩を掴んで後ろに寄せ、手が離れる。
今までこれほどまでに蒼蓮を頼もしいと思ったことがあっただろうか。