魔術師の瞳
「返事は今じゃなくていい。一年かけて、俺か冬夜か選んでくれ。その間は、友達でいよう。」
爽やかな笑顔でそう言われたら断る術なんてないわけで、あざみは静かに頷く。
婚約者選定期間一日目にして、御三家序列第一位 京極家の次男と日本を代表する名家 式家の跡取りからプロポーズを受けるとは。あざみも遷宮家の人間も予想していなかっただろう。
だが、周りの歓声とは裏腹に彼女の心は冷静だった。澄んだ紫の瞳も段々と冷静さを取り戻す。
『君がいる、この街が好きだった。』
不意にこの場にいる誰の物でもない、されど懐かしく愛しい声が脳裏に響いた。
『あざみ、君を愛している。』
泣きたくなる程痛む心は生まれて始めてで、それを表情に出さないようにすることで精一杯。誰なのか、声の主は誰なのか。繰り返し自問するが答えはいっこうに浮かばない。
『名前も、顔も忘れていい。ただ、────だけは忘れないでほしい。』
何を忘れてほしくないのかすら忘れてしまった。どうして、どうして?
思考は堂々巡り、そんなあざみの目を誰かが後ろから塞いだ。
辺りの喧騒も、蒼蓮も冬夜もいない。彼女だけの世界を作ったのは誰なのか。
「すまない。私に彼女を貸してくれ。」
最後に聞こえたのは玲瓏な声で、ふんわりと懐かしい香りがした。