魔術師の瞳
京極冬夜という青年
グラウンドに戻るが、そこに人はいない。どうやら全員教室に帰ったらしい。
あざみは回りに人のいない開放感に伸びをすると、そのまま校舎とは逆方向の森へと歩き始めた。
友達は多ければ多いほど良いが、たまの一人の時間というのも大切なものなのだ。
「蒼蓮様か、京極様。選ばなければならないのですね。」
森の中にあるベンチに腰掛け、そう呟く。
魔術師というのは衆人の前で何かを誓うことが好きだ。
それは証人を作るためでもあるし、なんというか、アピール好きなのだ。
先程の二人の真剣な眼差しから考えるにも冗談ではないし、二人は家柄も立派で両親も遷宮家の人間も喜ぶはずである。
だが、この晴れない胸中はなんなのか。
再びくすぶり始めた初恋はなんなのか。彼女は自分自身にすら説明ができなかった。
「忘れないで・・・」
そう言葉を反芻するが、なにも思い出せない。
たった三年前の恋なのに、顔も名前も思い出せないのはおかしい。そうわかっているが思い出せないものは思い出せない。
深いため息を溢した後に、あざみは目を閉じた。
木々の揺れる音、小鳥の囀ずり、心地の良い涼やかな風。
その総てを聴覚で堪能する。