魔術師の瞳
「未来は変わらないものですか?」
「不安定要素を多く含むが、あまり大きくは変わらない。」
あざみは静かに頷く。虚空を見つめる燕は、苦笑しながら隣に座る少女のことを考える。
腰まで流れる紫色の髪に、同色の瞳。笑顔よりも困り顔の方が似合いそうな稀有な質の美少女だ。友人達と過ごしているときは柔和で、深窓のご令嬢といった雰囲気なのにいざ戦いとなればキリリと清澄に引き締まる端整な顔。
なんとも魔術師らしい二面性だ。
こんな少女に手を汚すように求める自分の可笑しさと、それが許容される歪な社会も嫌いではない。何よりもこの少女は見た目とは裏腹に感情と身体はしっかりと分ける、覚悟を持った少女なのだ。
秘密裏にあざみの動向を探り、いざとなれば守る。という任務で彼女の母親に雇われた燕だが、先程の戦いぶりを見て少女の評価を大幅に修正した。
これは逸材だ。自分の弱点や強みをしっかり知った、歳不相応の強い少女は何れ良き魔術師、良き母親になるだろう。
未来をきっと変えるだろう。いや、未来は変わる。聴いた未来を言葉にして誰かに伝えると少なからず歪みが発生する。
その歪みが少女にとって幸福となるように、祈るように燕は言う。
「だがな、言葉にした未来は形を持つんだ。・・・あんたなら、壊せるさ。」
戦いの場から離れた少女は脆弱で、愛しい。とうに愛しいなんて思う心など捨てたはずの燕だが、少女に未来を伝えたことで過去が一つ帰ってきたようだ。
「困ったら、私を呼べ。」
そう言って去っていく燕。
驚くべきほどに変わった柔らかな雰囲気に目を瞬かせたあざみだが、思っていたよりも燕が親しみやすく、また彼女を好ましく思っていることを察し微笑んだ。
一ノ瀬聖羅を殺すべきか。それは暫し悩むべき事柄だが覚悟はいつでもできている。
立ち上がったあざみは寮へと向かう。
もう夕暮れだ。
オレンジ色の空を眺めながら、明日から始まるであろう動乱の日々に思いを馳せて歩き出した。