魔術師の瞳
その時、獣の咆哮が響いた。未だ燃えるマネキンの奥に黒い四つ足で地に立つ影。見当たらなかった大きなマネキンを食らっていたのか口元には白い粉がついている。
血肉を糧とするのではなく、その魔力を喰らっているのだ。
あれはあざみですら未だに使えぬ西洋黒魔術で召喚される魔物だ。
名前もはっきりとした姿も持たない、あれは影でできている。
炎を映す赤い瞳が光を放つ青い瞳とぶつかった。
少々所ではない、かなり不味い事態だ。
小刀の鋒を指に当て、強く押す。
切り裂かれた指の皮膚から滴る血液が血に落ち、小さな水音をたてた。
遷宮家に代々伝わる召喚詠唱を使うつもりなのだ。
西洋魔術を礎とする遷宮家は召喚獣や神話の登場人物に魔力で形を与え使役する白魔術と黒魔術の中間地点、グレーゾーンの魔術を使うときもある。
彼女は今までに一度しか使ったことがないが、あの禍々しい雰囲気に飲まれる前にどうにか状況を打開しなければならないのだ。
「紅き血は我が痛み。望みの対価に与えよう。
滴る血は我が涙。剣となりて盾となる。
手向ける血潮は盟約の糧となる。
我が痛み、我が血、我が魔力を屠れ。
荒野より喚ぼう。
汝と我の命運を伴に。
uruz.thorn.kano.is.sigel.」
ルーン文字が5つ宙に表れ、その全てが異なる光を放つ。
後ろにいる刀李が息を飲む。
召喚魔術は御三家と式家の独断場、齢十六で使える魔術師なんて限られている。聖羅ですら魔術の逆流と精神状態を保つことに苦労するのだ、刀李には夢のまた夢。それを、少女はやってのけたのだ。