眩暈
スーパーから帰る途中ですでにビール、時には三ユーロくらいで買える安いワインのボトルを開け、二人で飲みながら帰った。飲んだくれの二人を、誰も気にしない。ベルリンでは歩きながら、もしくは電車の中でお酒を飲むことは当然のことだったから。行儀が悪い、とは誰も注意しない。もし誰かそう言ったとしたら、ルカはその“お上品な”人たちに向かって中指を立てただろう。
家に帰ると、ルカはすぐに音楽をかけた。夜の始まりに相応しく、楽しくなるような曲を選んだ。時々その音が大き過ぎてお隣の人がノックをしにくることがあった。ベルリーナーたちは大音量の音楽にも、ある程度寛容だったから、彼は“ドイツ”から来たに違いない、私たちはそう言って笑った。音楽に溢れるこの街で、音楽なしに生きていくことは不可能だった。少なくとも、“私たち”にとっては。
「音楽がなかったら、死ぬ」
ルカはいつもそう言っていた。私もそれは彼と同じ意見だった。好きな音楽のジャンルはまったく違ったけれど、音楽を愛することに変わりはなかった。
いつも見かけも味も悪い私の料理に比べ、ルカの料理はとても美味しかった。私はいつも日本料理のイメージを下げるばかりだった。ルカはお世辞を言うことなど、ほとんどなかった。私たちの家にはダイニングテーブルなんてなかったので、カウチに座って、お皿を膝の上に載せて食べた。そんな行儀の悪い食べ方、日本だったら決してしなかったけれど、ここで私はそれを好んだ。時々私たちは借りてきた映画を一緒に見た。私は彼の国を理解したくて、セルビアの映画を観たいと初めの頃何度かリクエストした。けれど、彼の選ぶ映画はどれもコメディばかりで、私は彼らのユーモアがまったく理解出来ずに、いつもルカが説明しなければならなかった。そのうちルカはうんざりして言った。ユーモアを説明する試みほどナンセンスなことはない。私は、同意した。
映画が終わると、私たちはきっちりとお互いの部屋に戻る。ロマンチックな映画を観た時は、少しだけその余韻を残して。
「おやすみ、ルカ」
「おやすみ、ヨーコ。いい夢を」
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