眩暈
彼はいつもいい夢を、と付け加えた。微笑み合って、別れる。その言葉を聞き届けた後、私たちはお互いの部屋の扉を閉めた。私は、それが好きだった。ばたんと閉まる扉の音、それから、眠りに付く前に名前を呼び合うその習慣も。ヨーコなんてどこにでもある名前がとても愛しかった。彼から名前を呼ばれて初めて、自分はヨーコという名の女なのだと自覚できた気がした。
私にとって彼の存在は、確実に“同居人”以上のものとなっていた。もしくは、出会った瞬間から。その栗色の瞳を見た瞬間から。ただし、それは恋などという淡く甘美なものではなかったと思う。もっと即物的な感情。私は、あの男と寝てみたいと思った。いつも閉められるあの扉の向こうで、抱き合って眠ってみたかった。他の女の子が彼とそうしているように。一緒にスーパーに買出しに行く時、一緒に料理を作る時、見詰め合って食事をする時、それから映画を観る時、彼の毛深いざらざらとした肌が一瞬私に触れる時、私は発情した。プリーズ。私はそう言って請いたい衝動に何度も襲われた。だけど、彼は私を抱かなかった。親しい友人として私を扱った。彼が仲間内で私を呼ぶ時、“マイリトルガール”と呼んでいたにも関わらず。私はその言葉を憎んだ。長く続く友情よりも、一瞬の思い出が欲しい場合もあるのよ、ルカ。私は心の中で思った。だけど、同時に私は恐れた。抱き合って、自分の体の至るところを見せ合っているのに、決して彼が心を開かないことは、とても私を傷つけるだろう。縮まらない距離に、私は絶望してしまうだろう。だから彼が女の子を連れて来て、彼の部屋の扉が閉められるのを、私はただ見ている他になかった。
時々飲みすぎた時、決まって彼は私を置いて出かけた。チキータには一つだけ大きなキスをして、私にはチャオと一言だけ言って、どこかに出かけて行く。時にはダミアンやパウロ、他の友達と出かけると言い残して。時には何も言わず。私はチキータと二人、彼の帰りを待つ。私は彼女を撫でたりはしないけれど、その時だけは彼女を同士のように感じる。「行かないで」と言えたら、どんなに楽だったことだろう。私にはその権利はなかった。
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