眩暈
私は言った。
「同居人と寝るなんて、いいアイデアとは言えないわ、ダーリン」
“ダーリン”ととろけるように言う彼女はとても美しく、女の私でも見とれた。
「わかってる」
私はワインを一気に飲み干した。テクノミュージックが鳴り響く。
「ベイビー、ワインはそういう風に飲むものじゃないわ」
彼女はどこかしらくぐもったようなフランス語アクセントの英語でそう言った。
「とにかく、それでもあなたはラッキーだわ。だって私の同居人なんてBullshitだもの。本当に、典型的なドイツ人ね」
彼女はブルとシットを短く区切って、強調した。その汚い言葉は、機械的な音楽に混じって消えた。彼女の唇に塗られたフィッシャーピンクの口紅がとても素敵だと思った。よっぽど同居人に対してストレスがたまっているのだろう。彼女はその後長い時間、“典型的ドイツ人”の同居人について話していた。シャワーは極力短く、キッチンはきれいに使え、音楽のボリュームを下げろ・・・。私と彼女は笑い転げながら、名前も知らないワインを飲み続けた。その時食べたフライドポテトのあまりの不味さに、彼女はもう一度ブルシット!と叫んだ。
「どうやったらフライドポテトがこんなに不味くなるのよ!世界で一番不味いフライドポテトね」
と付け加えて。

 真夜中過ぎに家に戻ると、ルカはまだ起きていて、キッチンのソファに腰掛けていた。カーテンがなかったので、月明かりが彼を照らしていた。テレビを見ているわけでも、パソコンをいじっているわけでも、本を読んでいるわけでもなく、ただぼんやりと外を見ていた。私は何度かそういう彼の姿を見たことがあった。夜中にぼんやりとしている彼。何かとても悲しいものを見たような気がして、私は声をかけることができず、そっとその場を立ち去った。そういう時の彼は、いつもどこか深いところに沈んでいくように見えた。ドイツの暗い夜にひっそりと消えて行くような。そのなんだか悲しい光景は、いつも私の頭の中にひっそりと存在し続けた。
私はハイと小さく挨拶をして、ハイヒールをキッチンで脱ぎ捨てた。ベルリンの石畳の道をヒールで歩くことは、とても私を疲れさせた。彼は脱ぎ捨てられたハイヒールを一瞥して、小さくハイとだけ返して、パソコンをいじり始めた。
「調子はどう?」
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