眩暈
私は尋ねたが、彼は何も答えなかった。彼は今、話したい気分ではないのだろうと思い、それ以上言葉はかけなかった。夜中だったけれど、とてもお腹が空いていたので、二十四時間営業しているケバブ屋からテイクアウェイしたケバブを頬張った。数分が経った頃、彼はやっと顔を上げて、英語だかドイツ語だかわからないような発音で私の質問が何だったのかを尋ねた。
「ただ、元気?と聞いただけよ。気にしないで」
私はそう言って微笑んだ。
「ごめん、聞えてなかった」
大丈夫よ、と小さく言うと、私はケバブを食べ続けた。
「仕事を探していたんだ」
彼が履歴書を書いてはどこかへ送っていることは知っていた。私は気楽な旅行者だったけれど、彼はいつまでも無職でいるわけにはいかなかった。ベルリンはドイツの首都であり、街の規模も桁外れに大きかったけれど、その他の“優秀な”ドイツの都市と比べると貧しく、失業率も高かった。ここで“良い仕事”を見つけることは難しいとよく聞いたものだった。
「どんな一日だった?」
彼は聞いた。
「完璧だったわ!」
と私は答えた。ラマとの時間はとても楽しく、音楽もとても素晴らしかったから。
「あなたの一日は?」
「だいたい、いい日だったかな」
彼は言った。そして少しの沈黙の後、
「今日はグランマの誕生日だった」
と思い出したように口にした。いつも家族のことはあまり口にしないので、私は何かとても特別なことを聞かされたような気になった。
「本当?それはおめでたいわ!何歳になるの?」
私は聞いた。彼は少し考えた後で言った。
「八十六歳かな。もし生きていたら。十年前に死んじゃったけど」
私は食べる手を止めた。そう言う彼はいつもより幼く見えた。パーティーボーイの隠された顔。
「ごめんなさい・・・」
私がそう言うと、彼は問題ないよ、と言って微笑んだ。
「グランマのこと、思った?」
私は聞いた。彼は短く、イエスと答えた。
「俺、グランマに育てられたんだ」
彼は続けた。
「マムは旅行が好きでいつも旅行ばっかりしていた。本当にホープレスな女だった。一年に一度だけ一月のクリスマスに帰って来るんだ。外国で買ったプレゼントを持ってね。彼女との思い出なんて、それくらいさ。だから俺にとってはグランマがすべてだった」
私は彼の話をじっと聞いていた。彼の言葉から、行ったこともないセルビアの風景が見えるような気がして。
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