眩暈
沈黙の後、言いかけた言葉を私は飲み込んだ。
「何でもないわ」
彼は煙草をくわえて、眉毛をしかめた。
「言って」
「誰かを愛したことがある?」
私がそう言うと、彼はきょとんとした顔をしたので、私はすぐにその愚かな質問を後悔した。
「忘れて」
私は言ったけれど、彼は私の質問を半笑いで繰り返した。私は馬鹿にされたような気がして彼を叩こうとした。彼が私の腕をつかんだので、私は体勢を崩して彼に覆いかぶさるようにして倒れた。私と彼の目が一瞬重なった。彼の目が空の灰色を反射していた。私の髪がさらりと彼に垂れた。私の手は彼の柔らかな髪に触れていた。私は慌てた。私たちはこんな風に視線を交わすべきではなかった。私たちはただの友人だった。それだけだった。私はすぐに体を離した。そして、言葉を捜した。
「大丈夫?」
彼は聞いた。そしていつものように私の背中に触れた。私は笑って、もちろんよ、と答える。それから私は苦し紛れにゲイの友達の話をした。笑い者にしてごめん、とゲイの友達に心の中で謝りながら。彼はただ笑って、私の話を聞いていた。そしてしばらくして、突然言った。
「一度だけ、あるよ」
私は何のことかわからずに、顔をしかめる。
「人生で一度だけ、人を愛したことがあるよ」
木々が一瞬ざわめいた。私は微笑んでみせたが、私の顔はとてもひどく歪んでいたと思う。
「ずっと昔のことだよ。今はもう彼女がどこにいるかも知らない。生きているかさえ」
彼が千切った芝生が風に乗って流れた。
「戦争は醜い。そして惨めだ。それだけだよ」
そう言った彼の目には私が映っていた。この一人の人間の中にどれほどの思い出が詰まっているのか、私は想像しようと試みたけれど、私の想像力はうまく機能しなかった。
「もう家に帰ろう」
寒さで震える私を見て、彼は言った。Home, sweet home.












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