眩暈
私がそう言うと、皆が一同に“オノ!”と言ってベルリーナーのボトルを掲げた。ルカは意味がわからないと言う顔をした。フランス人のダミアンが、ビートルズのジョン・レノンのワイフだった女性だよ、と言うと、大げさに体を仰け反らせて、ohという仕草で額に手を置いた。
「ドイツ語で乾杯ってなんて言うの?」
私は聞いた。そしてまた皆が一同に“Prost!”と言ってベルリーナーのボトルを合わせた。皆が笑っていて、私は家探しの苦労をもうしなくていいと思うと、とてもハッピーな気持ちになった。そのまま近くにあったクラブへ連れて行かれ、私はとても酔っ払い、朝方ホステルに戻った。

 数日後、私がスーツケースを持ってルカの家に着いた時、彼に何度電話をしても、呼び鈴を何度押しても、彼は反応しなかった。私は舌打ちをして、スーツケースの上に座って煙草を吸い始めた。日本から持ってきた赤色のマルボロ。夜は寒いベルリンの七月も、昼に近づくにつれて温度が上昇しているのがわかった。プラタナスの木の隙間から覗く光に私は目を細める。喉が渇いていた。昨夜も遅くまで飲んでいたし、今朝は早起きをして、石畳の道を重いスーツケースをごろごろと引いて歩いて来た。疲れていた。眠りたかった。私はしつこく何度も扉ベルを鳴らした。昨日電話で十時にはそっちに行くからと連絡していた筈だ。そもそもこの早い時間を指定してきたのは、彼の方だった。忘れたとは言わせない。
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