強引でもいい、私を奪って。【SPシリーズ大西編】
「ごめんなさい。じゃあ、おやすみなさい」
まだ指先に残っていた彼の手を振り払うと、私はくるりと踵を返した。
わざとふらつきながら部屋を出てドアを閉めた途端、どっと汗が噴き出る。
次の瞬間には、何かを考える間もなく、足は勝手にホテルの出口へと向かっていた。
一目散に、まだフロントに残っていた招待客を避けて。
まるで、恐ろしい何かから、逃げるように。
ちょっと出かけると従業員に言い残し、私は外に出た。
春の風が肌を撫で、少しだけ寒さを感じた。
宿泊者だけが入ることを許されているホテルの庭は、控えめなライトに照らされていたけど、私の他には誰もいなかった。
広い花壇も小さな噴水も、暗闇の中でひっそりと息をひそめている。
「はあ……」
走ってきたら、本当に軽いめまいがした。
電灯の細い柱に寄りかかり、乱れた息を整える。
「バカみたい」
父の役に立つため、そして誰より自分の幸せのために決めた政略結婚。
結婚に愛情なんて必要ない。相手のステータスが高ければ、それで良い。
そう思っていたはずのに……。
さっきの不快なキスを思い出し、ごしごしと口元をぬぐう。手の甲に、ピンクの口紅がついた。