隣の彼は契約者
05*3
『手が空いてたら』と言っておきながら自分のだったとか、その紙に三十分以上悩んでいた私を眺めていたとか……先輩って先輩って。
「Sですね!」
「? 隠れSだと言われたことはあるな」
突拍子な発言だったにも関わらず普通に返された。
片眉が上がったのを見ると無自覚にも思え、指摘しようか悩む。けれど『わからなかったら聞けと新人の時にも教えただろ』と先制攻撃を受け、ぐうの音も出なかった。
静寂が包むフロアにはキーを叩く音だけ。
ずっと遮断していた音は心地良く聞こえ、目に映る姿には不思議と頬が緩んでしまう。そこに淡々とした声をかけられた。
「……何か、飲む物持ってきてくれないか?」
「え?」
「そろそろ終わるし……場所を移すよりはここで話した方がいいだろ」
一瞬なんのことかわからなかった。
でも、打つ手を止めた先輩は少しの間を置くと、パソコンを見たまま静かに口を開いた。
「……大橋にも待ってもらってるしな」
その名前に心臓が跳ねると同時に席を立ってしまった。
キャスター付きの椅子が背後の壁に当たる。木霊する音は自然と消えるが、早鐘を打つ動悸は鳴り止まない。抑えるように椅子を戻した私は背を向けた。
「……逃げるなよ?」
「っ……!」
かけられた声に身体が反応するが、振り向くことはせず、足早に給湯室へと向かった。