隣の彼は契約者
05*8
「だが……描いた絵を姉が勝手にイラスト投稿サイトに上げたせいで……○×出版から声がかかった」
「ああー……」
「当然俺は断ったが、出版社のファンだった母に無理やり担当と会わされ専属に……十七の冬だったな」
ふっと笑みを零す先輩の目はどこか遠くを見ていた。
眼鏡を外した今、カッコ良さが増してるはずなのにあまりにも不憫すぎる。手をつけてなかった自分のコーヒーを差し出しながら訊ねた。
「じゃあ、絵の仕事が本業になるんですか?」
「いや、どれだけ褒められようが俺は絵師を続ける気はない……望んだ職でもないし、更新も今年で切る」
私のコーヒーを受け取った先輩は一息つく。
どうやら○×出版と数年単位の専属契約をしているらしく、今年が契約更新の年だという。つまりそれを断ればもう先輩の絵は見れないということ。
知ったばかりではあるが、それはそれで寂しいと肩を落としてしまった。
「だから最後にお前と組もうと思う。絵師として作家として……隣の席の恋人として」
「え?」
突然のことに聞き返すが、目を瞠ってしまった。
気付けば彼の椅子が傍まで寄り、カップを通り過ぎた長い手が私の頬に触れていた。目先には普段レンズの層で見えない本物の目がある。
ハッキリと私を映す目に囚われていると、少しだけ口角が上がった。
「俺と契約しないか……“まひろ先生”?」
それは見たことないほど意地悪な顔────。