隣の彼は契約者
06*3
大きな溜め息に閉じていた口が開くと、腕を組んだ先輩は続けた。
「そもそも小説や漫画でありふれた世の中で似てない作品を見つける方が困難だろ。オフィスが舞台でも上司と部下、同期同士、社長と秘書、俺とお前のように先輩後輩……それらの設定は数え切れないほどある」
指折りで数える彼に私も頷くしかない。
同じ職業の方が書きやすいのもあって私はオフィスラブを選んだが、サイトで検索掛ければ何千件も出てくるメジャー設定だ。
ありきたりだとわかっていても、それが浮かんでしまったのだから仕方ない。今となっては変えることはできない。下手なりに考えた作品だから。
再び黙り込んだ私をしばし眺めていた先輩は一息ついた。
「だが……恋の仕方が何千万通りあるようにラストまでの道が同じになることはない。作者が違うからな」
大きな手が頭に乗ると手の平から暖かさが伝わる。
誘われるように視線を上げれば、僅かに弧を描いた口元が見えた。
「ただお前はお前が描くラストを書けばいい。何かと似ていようがそれがお前が書きたかった結末なら誰も文句は言わんさ」
優しい声が耳元をくすぐり、胸がざわつく。
それは不安を晴らすおまじないのようで、込み上げてくる嬉しさについはにかんでしまった。
「先輩……案外ロマンチストなんですね」
「……だてに少女作品を読まされてないからな。盗作じゃなければ大体読む」
「してませんっ!」
なんてことを言うのかと勢いよく立ち上がる。
むくれている私に構わず、離した手をしばし見ていた先輩は内ポケットから携帯を取り出すと何かを打ちはじめた。