隣の彼は契約者
07*5
興味心を含んだ私に、海に目を移した先輩は缶に口を付けたまま考え込むように黙る。数秒後、ポツリと呟いた。
「読み切り一冊……モノクロ八点前後、表紙カラーセットで早くて一週間……遅くとも一ヶ月以内」
「け、結構幅がありますね」
「締切日数で変わる……作家が早めに上げてくれればこっちも余裕ができるし、遅ければ徹夜だ」
大きな溜め息と一緒に出た愚痴のようなものに汗が増える。
つまり私が作品を完成させないと絵師にイラスト発注ができないどころか、大橋さんにだって迷惑がかかるということ。一人ではなく、何人もの人の手によって作られていく共同作業のようなものは誰かが詰まったら先に進めない。
趣味で書くのとは違うビジネスだと思い知らされ、言いようもない不安が襲う。缶を握る両手が震えていると頭に大きな手が乗った。
「あまり本っていうのを意識するな……自分らしさを見失うぞ」
顔を上げても伸びた腕に隠れ、彼の表情は見えない。それでも小波と一緒に柔らかな声が耳に届く。
「絵を見て文を読んで好きな作家だとわかるように、人には描(書)き癖がある……直したいと思う者もいるだろうが、俺は誰も真似ができない個性だと思う」
「個性……」
確かに作家さんごとに書き方が違う。
視点だって主人公が語る一人称もあれば客観的に語る三人称、『その人』だとわかる書き方=特徴がある。
先輩の絵だってデビュー時と今を比べると等身や瞳の描き方が大きく変わっている。でも、丁寧な線と優しい色合いは同じだ。“みやびふみ”の絵だとわかる。