隣の彼は契約者
07*6
「本になるからと言って……大幅に文体を変えると敏感な読者は違和感を覚える……俺も前の絵柄の方が好きだったと手紙を貰ったことがあるぐらいだ」
「私……初心者ですよ?」
手紙ってファンレターのことだろうかと思うと妙に胸がざわつくが、はじめて書いた小説に特徴も何もない気がして小首を傾げた。
するとデコピンを食らった上、片方の頬を引っ張られる。
「っだ、だだだ!」
「よく伸びるな……まあ、気付いてないだろうがお前にもあるぞ。他の作家にはない特徴」
「うひょっ! どこでしゅか!?」
「教えるわけないだろ」
「ひじょいっ!」
涙目の私に構わず先輩は両頬をつねり、たーてたーてよーこよーこと引っ張る。海面に反射する日差しでキラキラ輝いて見えるのは、とても楽しそうなS顔だ。でも、不思議と心強く思える。
ぶるりと寒気を覚えても、作品を読み込まれていても、物ともしない顔に戸惑いも恥ずかしさも無意味だと言われている気がした。
距離が近付くに連れ、新しい彼を知るに連れ、込み上げてくる気持ち。
ただ嬉しいだけじゃない想いが言葉として形になっていくのがわかると、震える口を開いた。
「……お願いがあるんですけど」
「? なんだ」
海の音に交じった小声にも関わらず、引っ張っていた手を離した先輩は訊ね返す。目を逸らす私は両手で頬を擦るが、痛さとは違う熱が帯びていた。
「更新してないのを知ってるってことは……先輩、サイトをブクマしてるんですよね?」
「まあ、見つけてしまったからな」
「でも、完結したら……本文が送られてくるんですよね?」
「じゃなきゃ仕事はできないし、絵師の役得とも言える」
たどたどしい問いに答える声は淡々としていて、私は頬の手を離す。小さな深呼吸すると目を合わせた。