隣の彼は契約者
07*8
頬にあたる硬い胸板、潮とは違う匂い、伝わる体温。
隣にいるだけでは感じることができない彼自身に動けないでいると、唇に柔らかいものがあたった。それが彼の唇だと気付いた時には離れ、ゆっくりと口が開く。
「まひろ」
「っ!」
「会社以外は呼べよ……恋人だからな」
発せられた吐息と声が全身を支配する。
腕が解かれても動悸の激しさは治まらず、陽を遮るように立ち上がった彼が差し出す手を見つめるしかない。
「わかったか、まひろ?」
「っはい、先輩! ……あ」
つい飛び出した敬称に、無意識に伸ばしていた手も停まる。が、ガッシリと大きな手に捕まれた。見上げた先にはニッコリ笑顔。冷や汗を流しながら私も真似するようにニッコリ笑顔。
数秒の沈黙後、大きな溜め息と一緒に先輩は眼鏡のブリッジを上げた。
「……よし、お前が百回名前を呼ぶまで公園を出ないことにしよう」
「はいっ!?」
「あと、年内完結しなかったら泣かす」
「はいいっ!? ていうか、さっきキキキキス」
微塵も隠れていない俺様発言に慌てて立ち上がるが、引っ張る手に足が勝手に前へと進む。缶コーヒーを握る手はぬるいのに、繋がれた手と唇は熱く、言葉に形を変えた気持ちが膨れ上がる。
彼は“雅”でも私は主人公じゃない。秘密の恋人でもそれは作品のための設定。
そう思い込んでいたのに知ってしまった。
主人公のように私も“雅”ではない“雅史”を────好きになっていると。