隣の彼は契約者
08*嫉妬
「何か良いことありました?」
「はいっ!?」
会社帰り。一人で寄った、○×出版の本社ビル。
区切られた打ち合わせスペースでの一声にビクりと肩が跳ねる。でも、向かいに座る大橋さんは気にした様子もなく、プロットという名の大まかなあらすじを書いた数枚の紙に目を通した。
「新話もですが、主人公が乙女っぽくなったなって」
「ど、どこか変ですか?」
ツンデレ設定の主人公。
さすがに中盤の後半にもなってツンツンしすぎるのもどうかと思ってデレ要素を増やしたが、まだ早かっただろうか。
そんな不安とは反対に、大橋さんは微笑んだ。
「いえいえ、良いことですよ。ツンが長すぎると共感持てませんし、好きだと気付いた彼にだけデレるのは王道で可愛いじゃないですか」
弾んだ声に緊張が解け、やっとのこと出されていたコーヒーを口に運ぶ。紙を捲る大橋さんは鼻歌混じりに続けた。
「みやび先生とのデートに手応えあったってことですかね」
「っ!」
吹き出しそうになるのをなんとか堪える。が、胸がドキドキする。
はじめは小説のために実行したデート。
でも話をするにつれ、時間が経つにつれ、会社で見ることも知ることもできなかった彼に惹かれる自分に気付いてしまった。まるで小説の主人公のように。
「まひろ先生?」
呼ぶ声に、はっと我に返る。
カップを持ったまま止まっていたせいか、紙を置いた大橋さんは不思議そうに小首を傾げた。