隣の彼は契約者
08*3
「休日ぐらい携帯切って、好きに好きに過ごしたいですよね。それこそ一日中お酒飲みながら積み本を読みふけ……ああ、なんて良い響き」
ふふふと笑いながら突っ伏した大橋さんの目は笑っていない。
ひしひしと伝わる過酷な業務感に、迷惑をかけないよう努力しようと心の奥で誓うと訊ねた。
「大橋さんは小説が好きで出版社に?」
「そうですよー。まひろ先生みたいに話は書けないし絵も描けないので編集しかないなって……実際しんどいし主人とも時間合いませんけど、好きなことを仕事にできてるので充実してます」
「へー……主人?」
聞き流してはならない単語に止まる。
瞬きしていると、上体を起こした大橋さんも同じように瞬きを返す。しばらくして気付いたのか、指輪が繋がったネックレスを胸元から取り出すと、左手の薬指に持ってきた。
「私、既婚者ですよ」
「うえええぇぇーーーーっ!?」
さっきまでの憂鬱な気分を晴らすような笑顔と衝撃に悲鳴を上げる。けれど場所を思い出し、慌てて両手で口を塞いだ。
てっきり初顔合わせの時『担当の作家さんが売れてて、しかもイケメンだったら……』と言っていたから独身かと思ってた。失礼ながら。
そう正直に言うと、大橋さんは笑いながら手を横に振った。
「理想と現実の好みは違いますよー。小説だと俺様が好きですけど、リアルの俺様とか腹立つ以外ないですもん。みやび先生とか」
最後、すっごい力が込められていたのは気のせいだろうか。
先輩、そんなに酷い俺様じゃないですよとか一応フォロー入れるが、心底嫌そうな顔をされた。あの人、何したんだろうと冷や汗と沈黙が流れる。