隣の彼は契約者
09*2
ゆっくりと身を屈めていると、両肩に大きさの違う手が置かれた。
「まひろ」
「土下座はやめろ」
「だ、だってぇ……」
三つ指をつく勢いだった私を、美鶴ちゃんと先輩が止める。
また涙目になっていると、手を離した先輩は呆れた様子で笹森さんを見上げた。
「相変わらず……怖がられるな」
「……」
人のことは言えないはずだが、笹森さんは少しだけ顔を伏せた。あやすように私の頭を撫でていた美鶴ちゃんは苦笑する。
「怖いのは顔だけで、根は優しいから安心なさい」
「営業はスマイルじゃないの……?」
「それは私の仕事。喋る時は喋るんだけどね~」
「ああー……類は友を呼ぶ」
「お前、俺にケンカ売るの好きだな」
察したように先輩は両手を動かし、つねる気だと理解した私も美鶴ちゃんを抱きしめる。諦めたような溜め息に安堵していると、美鶴ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。
「何、まひろ。えらく相沢さんと仲が良いじゃない」
ドキリとする。
ツーマンセルも多い営業課ならまだしも、基本一人仕事の総務課。しかも入社時から愚痴に出していた先輩と一緒にいれば不審がられるのは当たり前。でも『小説のため秘密の恋人に』など、親友でも言っていいものか。
考えるように顔を伏せていると、先輩の声が開こえた。
「いや、違う……ああ、まあ、そうだな。いや、それはお前だろ」
内容から私達に向けてではないらしい。
つまり笹森さんと話しているのだろうが、聞こえてくるのは先輩の声だけ。先輩も充分小声な方だと思っていたが、その上をいく人がいるもんだと振り向いた。