隣の彼は契約者
09*5
でも『そうか』と呟くと、再び降りはじめる。
その背中がしゅんと丸くなったようにも見えて首を傾げた。もしかして……。
(一緒に帰りたかった……とか?)
咄嗟に浮かんだ説に、学生かとセルフツッコミする。
帰るといっても電車で何駅か一緒なぐらいで、時間的に満員。それを避けるため寄り道するタイプにも見えないが、私は少し残念だった。
デートをしてから昔の話や好きな本、作家。
ニ年隣にいても知らなかった彼自身のことを知れて、もっと知りたい自分がいる。美鶴ちゃんとの約束がなければ私が誘っていたかもしれないほど一緒にいたい。
それは重症で、いけないこと。
切り替えるように深呼吸すると、先輩の背中をポンと叩いた。
「そんなに寂しいなら、先輩も笹森さんと飲みに行ったらどうですか?」
寂しいのは私。なんて言葉は飲み込んで、笑顔で提案する。
振り向いた先輩は目を丸くするが、すぐに溜息をついた。
「あいつは殆ど残業だ……昇進したばかりだからな」
「あらら、それはもっと寂しいですね。じゃあ、なぐさめてあげましょう」
「は……」
怪訝な顔をされると同時に手を伸ばす。
いつも私は見上げる側で何も届かない。でも今は階段のおかげで見下ろす側にいる。だから先輩の頭も簡単に撫でることができた。
当然戸惑いを感じるが、動く気配がないことを良いことに撫で続ける。
手に伝わる髪は見た目通りサラサラ。
若干陽の光に当たっているせいか暖かくて、昼休み、頬に触れていた時と似ていた。