隣の彼は契約者
09*7
もう少しで唇が重なりそうになったが、すっと横切られる。
助かったようなガッカリしたような気持ちになっていると、耳元で囁かれた。
「別に……このまま攫っていってもいいぞ?」
「さ、攫うって……ひゃっ!?」
ぎょっとするよりも先にペロリと耳を舐められる。
ビクリと跳ねた身体に先輩はくすくす笑うが、濡れた耳にかかる吐息はくすぐったさとは別に熱を帯びていた。震える両手でスーツを握ると、忙しない息遣いと一緒に口を開く。
「い、意地悪しないで……ください……雅史さん」
「お互い様だ……あまり男を撫でたりするな。逆にイジメたくなる」
笑みを深くした先輩は首筋に唇をあてる。
『んっ』と小さな息が漏れたが、すぐに顔が離れると地面に下ろされた。腕も解かれ、両手で胸元を押さえる。心臓は破裂しそうなほど速く、大きな音を鳴らしていた。降りてきた人たちの足音や声よりも。
通り過ぎて行った人たちを見送った先輩は振り向く。
「次の休み、空けておけよ……まひろ」
さっきまでの意地悪とは違う笑みが夕日に映える。
デートの時と同じ彼の本当の笑顔。そして私を好きにさせる笑顔。
胸の高鳴りが留まることを知らないように、この想いもいったいどこまで募っていくのだろう。
この先も彼の本音もわからず戸惑いと不安が襲うが、それでも頷くと手を伸ばす。通り過ぎることなく包んでくれたその手は優しくて暖かかった────。