アイより確かなナミダ


「やっ。美夏ちゃん、元気ー?」
「げ、元気……かな?」
「そ。風邪引いてたらどうしよとか思っていたけど、杞憂だったみたいだね。じゃあ、行こうか」

 そう言って空いている私の腕を掴んで私の前を歩き出したのは、会いたくて会いたかった……恋しくて恋しかった、センパイだった。

 朝から降っていた雪が頭の上に積もっていて、儚げなセンパイは、まさに雪の精霊。
 夢を見ているようだった。
 これは夢だって、お母さんに起こされても、おはよう……幸せな夢だったよ、って言えそうな……。
 でも、私の腕を掴むセンパイの素手が氷のように冷たいのが、ここは現実世界で夢ではないのだと教えてくれる。

 登校途中の生徒の群れを逆らうようにずんずんと歩いて行く。

 着いたのは、初めて来たところだった。
 けれど、知っている景色が広がっている……。
 そう、この場所を『知っている』。
 センパイが、昔の恋の傷を癒やすために、吐き出すために、学校の校舎を描いた、高校の裏にある、丘の上の公園、その場所に私はセンパイと立っていた。

「やっぱ、この時間だと、人っ子一人いないね」

 私の腕をそっと離しながら近くのベンチに座る。
 冬休みに会った時と服装があまり変わっていないのを見ると……そしてコートの下に学ランを着ていないのを見ると、元々学校にいく予定はなかったようだ。
 じゃあ、私に会うために?

「どうしたの? ぼんやりして。寒いから隣座ってよ」

 ベンチの上にうっすらと積もっている雪を払って、おいで、と手をこまねいている。
 私は何もためらわず横に座った。

「あー、寒いねー……。カイロ忘れたのが悔やまれるよ」
「私、持ってますよ。身体温まってますし、よければ」

 どうぞ、と言ってタオルに包まれたカイロを渡す。
 それを彼は躊躇せず受け取った。

「幸せー。あったかーい」

 ぬくぬくと温まっているネコのようにほぐれるセンパイの顔。
 横目に覗いているだけでは物足りなくなって、下から覗き込むようにセンパイの顔を眺めた。

「ん? なんか付いてる?」
「いいえ。ただ、久しぶりだなあ、って」

 私はしみじみと答える。

「そだね。ずっと学校、休んでたから」
「あ、休んでいたんですか」

 じゃあ、わざと屋上を避けていた……わけでもなかったのかな?

「ずっと、悩んでたんだ。思い余って、田舎の爺ちゃんの家にこもらせてもらってた。悩んでいるのかい? なら好きなだけここに入ればいい……だってさ。さすが爺ちゃんだ」

 悩んでた?
 何を?

 ――わかっている。私が悩ませてしまっていたのだから。

「僕はわからなかったんだ。この気持ちを、どうやって絵に描いたら良いのか。それでようやく答えに辿り着いた。冬休み、爺ちゃんの家の庭で、かまくらの中何時間も何時間も座っているときにね」

 ……センパイは、かまくらの中で何時間も悩んでたの?
 寒がりのセンパイが?

「キミだよ――美夏ちゃん、キミが僕の気持ちを占めているんだ」
「私……?」

 そりゃあ、告白をしたから……。
 悩んだのだろう、ただの後輩が、ちょっと優しくした後輩が、自分に好意を抱いていた、ということを告げられたのだから。

「キミに、好きだって言われて、悩んで――答えが出た。僕も、キミのことが好きだ。一緒にいたい。でも、僕がキミにしてあげられることは、きっとない」

 ……それって、どういう、意味?

 私のことが好きなのに、その気持ちだけでは、一緒にいられないってことなの?
 どうやって言葉にしてセンパイに話しかければいいのか分からず、思わず困惑した表情になってしまった。
 その顔を見ていられなくなったのか、センパイは目をそらして話を続けた。

「僕は、きっと、好きになった人と結ばれてはいけないんだよ。高校一年生の時も、そうだ。僕は愛した人を幸せにはできない」

 センパイは、過去のことを、かいつまんで話しはじめた。
 聞きたくなかったというのが本音だ。
 でも、彼のことを知りたかった。
 だから、静かに耳を傾けた。

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