アイより確かなナミダ
それから、一時間。
涙も凍りつき、うつろな目であると自覚はしているけれど、それでも顔を上げてただ一心に、センパイを見ていた。
脳裏に焼き付けるように。
目を閉じればそこにセンパイがいるように……。
スケッチブックと私を交互に見ては鉛筆を走らせるセンパイ。
いつしか雪は止んでいた。
けれど私の心と同じように、晴れることもなかった。
「……ありがとう。描けたよ。僕はこれを持って、今日は帰る。学校にはもう、行かないと思う。卒業式にも出ない予定だし。あ……ちょっとスマホ貸してくれる?」
「……?」
私は首をかしげながらも何も疑わずにスマホを差し出す。
彼はそれを受け取ると何度か画面をタッチしてすぐに返却した。
スマホを持っていない人とは思えない使いこなしのように見えた。
「じゃあ、行こうかな」
そう言って歩き出したセンパイ。
けれど私はすぐにコートの裾を掴んでその歩みを止めた。
「……?」
「……あっ……」
言葉が出ない。
心だけでなく、言葉も凍ってしまったかのように。
けれど――センパイに触れたその一瞬で心のなかに大きな炎が再び燃え出した。
センパイを思う、この想いが。
「私はっ、センパイと離れたら、不幸になります! 絶対、絶対……。だから――」
センパイは、ハッとした顔をして、私を見つめる。
二人の間には再び沈黙が訪れた。
私も、言葉の続きを紡げなかった。
頭がぐわんぐわんと揺らぐ。耳鳴りが聞こえる。
身体が、熱いのに……この想いを伝える術が、見当たらない――。
私は言葉の代わりに、持ってきていたバレンタインの贈り物を彼の手に押し付けた。
刹那、驚いた表情を見せた彼。
すぐにいつもの優しい笑顔に戻って右手で紙袋を大事そうに抱いた。
そしてゆっくり歩きながら左手を振って公園を去っていった。
「ありがとう。美夏ちゃん。じゃあね」
センパイは、またね、とは言ってくれなかった。
呆然と立ちすくみながら、そういえばと思ってスマホの画面を確認する。
電話帳から『悠理』の名前が消えていた。