アイより確かなナミダ
やっぱり私、センパイが好きだ
(6)
三月のことは、思い出せない。
だから、涙に暮れた春休みをようやく終えて、桜の季節になった四月から話を再び始めようと思う。
四月になって間もない日。
短い春休みを終えた、興奮気味のクラスメートを見たくないために、遅刻ギリギリの時間で登校した。
その時間だと、空いていた席は一番前の一列のみで、私は一直線で窓側に座った。
私が席についてすぐ担任は教室に入ってきた。
そして始業式を前に、三年生になって最初のホームルームが始まろうとしていた。
「えー……。三年生になって一日目だな!」
空元気を見せる担任教師。
興味も気力も失せている私はただただぼんやりと外を眺めていた。
でもその声だけは一応耳に入れている。
「えらいね、美夏ちゃんは」
センパイの声が聞こえた気がした。
「皮肉は嫌ですよ、センパイ」
声にならない言葉で、今ここにいない彼を思い、呟く。
「このクラスに、事情があって留年した生徒が入ることになった。あ、事情は聞かないであげてくれ。本人を気遣ってやるんだぞ?」
そういうセリフが、生徒たちには逆効果だということを担任は知るべきだ……と思いながらも、私は横目を黒板の方へ向けた。
担任はひどく疲れた様子で教室の扉の向こうにいるらしい留年生を呼ぶ。
そう言えば、留年したってことはセンパイと同じ学年なんだよね。
センパイのこと、知ってるかな。
センパイ……どうしているのかな。
考えまいとしていたセンパイのこと。
しかし、どうしたってセンパイのことを思ってしまう。
そしてひと度考えだしてしまうと、芋づるのように次々とセンパイへの思いや思い出が脳内に浮かんでは消えていく。
そして、最後には……。
「じゃあ、入ってもらうからな。騒ぐなよ」
雪の積もった公園で、私をスケッチしたセンパイの姿。
「あー、じゃあ入ってもらうな? ……浦賀悠理くんだ」
突然、胸がどくんと跳ねた。
やわらかな笑みで私を見つめるその姿が、目の前に現れた彼と重なったのだ。
黒板の前を、その男子生徒がゆっくりと大股で歩く。
ひょろりとした背丈に猫背の男子生徒。
寝ぐせを直しただけのまったくいじっていないフワリとしたショートヘアー。
"見覚えのある"彼が一歩進むごとに私の心臓は大きく跳ね、止まる。
跳ねては……また止まりそうになる。
息は切れ切れになって、怖くなって一度目を閉じた。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ――ありえない。……でも!)
ゆっくりと開いた目の前にいるのは紛れもないセンパイだった。
「浦賀……悠理です。よろしくしないでください」
「せ、センパイ……っ」
「ああ、美夏ちゃん。ハロー」
クラスの視線が一斉に集まる。
けれどそんなことに構う気持ちの余裕はない。
溢れそうになる涙をこらえるので必死だった。
「じゃあ、浦賀くんはその空いている席に……」
「はい。ってことで、今年もよろしくだね、美夏ちゃん」
担任はとても気が利くことに(偶然だけれど)、センパイを私の横の席に座らせた。
黒板の方には目もくれずに私を見つめるセンパイ。
担任を視界に入れることなくセンパイを見つめ返す私。
こんな奇跡が、起きるなんて一ミリも思っては居なかった。