アイより確かなナミダ
「あっちゃあ、人が来ちゃったなあ」
それが彼の第一声だった。
おどけた様子で首を傾げる彼の姿は、とても小さく見えて、第一印象は(後輩かなあ?)と、なんともとぼけた感想を抱いた。
手元の英単語ノートには右手に持った鉛筆――というよりは画家がよく使う黒鉛そのもので何か絵を描いていたようだった。
「……キミ、二年生かな? 上履きが赤いし」
「あ、はい……」
そう言われて彼の上履きも見る。
胡座をかいていて分かりにくいが、どうやら緑色の上履きを履いている。
緑色の学年は三年生――センパイ、ということだ。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
ここに来たことを後悔しながらも、他に行く当てがない私はどうすればよいかと立ち尽くしていると、そんな私をセンパイは見上げて囁くように言った。
「な、なんでしょうか」
「この場所に、この時間に僕がここにいたって、誰にも言わないで欲しいんだけど」
先ほどまでののんびりとした表情や声は一転、剣呑としたものに変わった。
その豹変した恐ろしさに私は思わず「ヒッ」と声を漏らす。
私の引きつった顔に気づいたセンパイはすぐさま口元を緩めて朗らかに言った。
「あー、別に取って食ったりはしないけどさア。ここ、僕の憩いの場だからさ。広められたくないんだよねえ」
その真意を推し量りながら、目の前にいるセンパイを吟味する。
私はこの人から離れて他の場所を探すべきか?
それとも……。
「――約束します。だから」
ごくりと生唾を飲んで一歩前に出る。
怖いもの見たさならぬ、怖いもの近づきたさ。
それに、逡巡したけれどここ以外やはり私の逃げられる場所もない。
「だから?」
センパイは怪訝な顔つきで私をみつめる。
思わずフッと笑ってしまった。
そんな顔もするんですね。
怖いだけじゃあ、ないんですね。
「私にも、居させてください」
センパイはすぐには答えなかった。
見つめ合う――というよりはにらめっこし合うこと、およそ三分。
彼はゆっくりとまばたきをするとヘラリと笑って両手を合わせて丸を作った。
「オーケー。キミなら良いよ。秘密は守ってくれそうだからね」
そう言って描いていた絵を隠すようにノートをパタリと閉じた。
「そうだ。キミの名前は?」
「……。…………美夏。美しい夏、で美夏」