アイより確かなナミダ
(3)
文化棟、というのは、校門から向かって四つ並んでいる校舎の四つめの棟、一番校門から遠い棟の通称だ。
図書室、調理室、被服室、音楽室、その他文化部の部室が集中して存在するのが由来だとか。
私はセンパイと出会ったあの日以来、一日に一度は例の場所に訪れていた。
もちろん、はじめの頃は毎日毎回会えるというわけではなかった。
けれどコツを掴めば会える頻度は増していった。
だからと言って特に関係の進展はなく、そのまま半月が過ぎた頃だった。
「あ、またお昼ここですね。センパイ、ここは暗いから美味しく見えないでしょうに」
「そういう美夏ちゃんだって――クラスで食べたらどうなのさ」
ずきん、と痛いところを突かれた痛さが胸にじんわりと広がった。。
そうだ、まだセンパイにはワケを話していない。
私がここに訪れるワケを――。
しかし、今言うのは……という思いがいつも私の独白を押しとどめてしまうのだ。
きっと、今日だって……。
「……センパーイ、嫌味は嫌ですよー?」
そう言って私は無理に笑顔を作って向かい側に座る。
「センパイの今日のランチはおにぎりですね。いつもサンドイッチなのに……」
「ねえ、美夏ちゃん」
私のごまかしを遮り、センパイは強く私の名を呼んだ。
「な、なんですか?」
愛想笑いを見せてごまかそうとする……が。
「あのさ、無理に笑うぐらいなら笑わないでくれる? 可愛くないよ」
「……っ」
途端に引きつる顔。
お弁当箱を開く手も止まる。
「そうそう。そーんな怯えた表情。内心はいつもそんなビクついた顔しているんじゃない? でもこの顔でいるとクラスで浮いちゃうかもしれない。だから仮面をつけて過ごす。どう? 違う?」
違わなかった。
まったくのその通りだった。
「……せ、センパイは、占い師ですか?」
「ブブーっ。ハーズレ。じゃあ、問題。何だと思う?」
「魔法使い」
「そんな奇っ怪な人物に見える?」
首を傾げる先輩に内心大きく頷きながらも「わかりません」と早々に降参した。
「ふふーん。正解はー……」
残り一口のおにぎりを口に放り込むと、脇に置いてあった大きめのリュックをがさごそとあさり、様々なものを取り出した。
主にスケッチブックで、それが数冊。二十色以上ある色鉛筆。数種類の硬さの黒鉛筆。や黒鉛。大きさや柔らかさ、形の異なるけしごむ――。
「絵描きさん?」
「画家と言ってちょーだい」
にかっと笑って、取り出した数冊のスケッチブックのうち青い表紙の一冊を開いて中を見せてくれた。
それはジャンルも何も関係なく描かれた、たくさんの絵っだった。
彫刻のスケッチのようなものもあれば、アニメのキャラクターの模写もある。時には風景画が白黒や色付きで出てきて、何故か間には小学生男子が好みそうな迷路も描かれていた。