アイより確かなナミダ
見たことがあるようで、でも見覚えのない風景。
思い出せないだけなのだろうか?
「この高校の北に小高い丘があるだろう? そこの公園から見た、高校とその背景とかを描いたんだ」
そうだ、この高校だ――。
今私達がいる校舎が描かれている。
そして広がる青空。
季節は春なのか、桜が咲き誇っている。
咲き乱れ、散っている。
小鳥が、鳩が、自由に飛び回っていて。
自由に――。
「……ひどいな、泣くほど下手ってことかい?」
「ぢ、ぢがいまずーっ」
気づけば、涙が溢れ出ていた。
自由な鳥を羨んで。
こんなに素敵な絵を描いたセンパイを遠くに感じて。
「わ、私も……この鳥達みたいに自由に飛びたいし、この澄んだ青空みたいな人間でいたい――それなのに」
「そんなこと望んでいたの?」
そんなこと。
センパイはそう言ってははっと笑っていた。
「ひどいっ。私にはないものばかり持っているくせに」
「僕が? そんなことないさ。それに、美夏ちゃんはもう持ってるじゃない? 澄んだ青空のような心、鳥達の持つ、自由の翼」
私は首を必死に横にふる。
「持っているってフリをしているだけ」
「持っているからフリができるんだよ」
センパイは時折見せる、あの厳しい目つきで告げる。
「キミは、持っている。けれど、他人と違う、まったく同じものではない異色のものであるという錯覚をも持ってしまっている。だから周りから見放されないようにと、むしろ自分を貶めるようなことばかりしていたんだろう? それに嫌気が差して、本当の自分を周りに認めさせられない現実に辟易して逃げ場を探した――違うのかいっ?」
「違う、違う違う違う……私はそんなにキレイな人間でも特別でもない」
「だが平凡でもないだろう!」
「……っ」
「…………」
二人の間に静寂が訪れた。
それはお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったからだった。
「……今ならまだ授業に間に合うよ」
「……こんな顔で、戻りたくありませんので」
「キミがここにいるなら、美夏ちゃん。僕はこの場でキミのウヤムヤとしているものをはっきりさせてしまおうとやっきになってしまう。そうすれば少なからず、キミは傷つくよ」
私は首を縦に振る。
即答した。
「大丈夫ですから」
「すでに傷ついているのに?」
「これぐらい、今までの傷や痛みに比べたら」
「ふふっ……そうだろう?」
束の間の休息でセンパイは柔らかい笑顔を見せた。
「キミは、キレイなんだ。その証拠にこの絵――この僕の渾身の風景画を見て、キミは好印象を抱いたみたいだね」
「はい」
「けれど、僕がどんな気持ちで描いたかを知れば、そうは言えなくなるんではないかな?」
「それは、どういう……」
「言っただろう? 辛い気持ちを味わって、それを表すために考えぬいて描いたって……」
センパイの笑みは、変わらない――。
「つまり、僕が高校一年生の時に、当時の副担任だった女性教師と恋愛関係に陥った末、無様に捨てられたっていう悲しみと憎しみの気持ちで描いた絵なのさ、これは」
柔らかい笑顔はそのままなのに、その表情の裏を見てしまったような気持ちだった。